琺瑯(ほうろう)は、鉄の表面にガラスの釉薬を焼き付けしたものです。ですから、火にはもちろん、酸やアルカリ、塩分にも強く、そのうえ細菌を繁殖させにくく、匂いもありません。風味を損なわず食べ物を保存でき、その上、汚れも落としやすい。にもかかわらず、琺瑯容器は時代の流れと共に他の素材にとって代わられ、存在感が薄れつつあったのです。そして、身近な家庭用品としての琺瑯を専門に作り続ける工場は、日本中でいくつもないほどに減ってしまいました。ところが、近年のアンティークキッチン雑貨のブームに乗って、にわかに脚光を浴びることになります。優れた機能に加えて、ステンレスやプラスチックにはない手作りの温かさも持ち合わせているのですから、ごく自然なことだったのでしょう。
しかしながら、しばらくすると、その人気に乗じて、とても安価な中国製の琺瑯が大量に輸入されるようになりました。残念ながら価格的には、どうやっても太刀打ちできません。そんな不遇の時代の中で、昭和9年の創業以来、かたくなに家庭用琺瑯容器を作り続けているのが、栃木県の「野田琺瑯」さんです。
野田琺瑯さんには、ここ10年ほどの間に何十アイテムものオリジナル琺瑯を作っていただきましたが、今回は、最もシンプルで、初源的な手法で作られるお皿とボウルをお願いすることになりました。
まずは、図面通りに成形された金型に、丸くカットした鋼板をセットします。回転させながら手に持ったヘラ棒を鋼板に押しあて、金型通りの凹凸の形を写し取ります。押す力の加減で鋼板のアールが微妙に変化するのを確認しながら、体でバランスを取りながら注意深く作業していきます。平らな板にヘラ棒の押す力でアールをつけていくこの手法を「ヘラ絞り」と言います。
次に、アルカリ溶液で脱脂し、琺瑯の下地になる黒い釉薬を掛け、1回目の焼成をします。この後、白い琺瑯を掛けて、820度の窯で本焼きします。通常は、釣り針状のフックにぶら下げて焼成窯に入れられますが、今回の製品のデザイン形状では、釣り下げることが出来ません。そのため、大皿とパン皿は押しピン状の数個の針が突き出たラックの上に置いて、小皿とボウルは伏せて並べられて窯入れされました。この時の針跡は、お皿の裏の数個の小さな穴跡としてはっきり残ります。ボウルの場合も、口部に小さな傷跡として残ることがあります。これらの針跡からは、錆びが出る場合もあります。この焼成方法を「台焼き」と言いますが、窯の一番下に並べて焼かれるため、窯内のすすが降り掛かる場合が多く、出来上がり時に黒い点となって残る場合もあります。なにしろ、この工場で70年もの間、ほとんど変わっていない昔ながらの工法で作られる琺瑯です。欠点も含めて、手技ならではのぬくもりと感じて下さる方には、きっと気に入っていただけるものと思います。均一に仕上がる大量生産品とは違う味わいを感じていただき、大切に使っていただけることを願っています。
最後に、強敵の中国製琺瑯と比べての言い訳を一つ。国内最高品質の耐酸性AAクラスの釉薬を使用していますので、酸におかされにくく、漬け物容器としても、安心して使っていただけます。釉薬レベルが低いと、酸・塩の強いものを長期保存することで表面が劣化し、さびの発生を早めることになります。乱暴に扱わなければ、子から孫へと何世代にも受け継がれていく家庭用品となるはずの琺瑯です。 |
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